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巨額の損害賠償請求・司法書士や税理士へ余り過ぎた弁護士が襲いかかる時代 否認や非弁の無料鑑定・公認会計士資格 飯田はじめ03-6265-6349このブログは飯田の個人的意見です

恐怖!地方の人気アナが窃盗犯にデッチ上げられるまでの「一部始終」 衝撃的な冤罪被害の告白・・・疑わしきは

以下記事転載

「疑わしきは罰せず」(うたがわしきはばっせず、ラテン語:in dubio pro reo)は、刑事裁判における原則である。ラテン語の直訳から「疑わしきは被告人の利益に」ともいう。刑事裁判においては検察側が挙証責任を負うが、被告人に不利な内容について被告人側が合理的な疑いを提示できた場合には被告人に対して有利に(=検察側にとっては不利に)事実認定をする。

「疑わしきは罰せず」や「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜(むこ)を罰するなかれ」の刑事裁判の原則がなぜ適用されないのか

 

 

 

恐怖!地方の人気アナが窃盗犯にデッチ上げられるまでの「一部始終」
衝撃的な冤罪被害の告白2017.4.7

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51349

 

 

週刊現代

講談社
毎週月曜日発売

プロフィール

  

ある日突然、まったく身に覚えがないのに、警察に逮捕される。検察も裁判所も助けてくれない。ここに記す冤罪被害の告白は衝撃的だ。そして、これは明日、あなたの身に起きても不思議ではない。

ある日突然、自宅で逮捕

私の時計は'12年10月11日の朝で止まったままになっています。

2人の刑事が突然、我が家に来たので、何かの協力依頼かと思った私は2人を家に招き入れ、名刺交換をしました。少しの会話をした後、刑事はとんでもないことを言い始めました。

それは私が近所の銀行で、客が置き忘れた現金入りの封筒を手に取り、少し歩いた所で封筒内の現金だけを抜き取って、左の胸のポケットにねじ込み、封筒を元の位置に戻したというものでした。

何の事かわからない私は、「そんな馬鹿な」としか言えなかった。刑事は「盗った証拠が防犯ビデオに映っているんだ!!」と怒鳴り、私が証拠を見せて欲しいと強く要望すると、「見せる訳にはいかない」と拒否されました。盗ったとされる金額を聞いても「言う訳にはいかない、お前はうそを言うから」と言われました。

突然やって来て、全く身に覚えがないのに泥棒呼ばわりをされ、私はいくら警察とは言え許せないと、立腹しました。

「失礼千万な話です!!」

そばにいて恐怖に震えている家内の前で激しい口論――。

結局、逮捕状の呈示もなく逮捕されて、広島県警広島南警察署の「留置場(代用監獄)」に入れられてしまい、何が何だかわけがわからないまま、勾留が始まったのです。

煙石博氏(70歳)。広島生まれで、'69年に地元広島の民間放送RCC中国放送に入社。'07年に定年退職するまで勤め上げ、その間、人気ラジオ番組『なんでもジョッキー』のパーソナリティーを務めるなど、広島市民に親しまれた。定年後はフリーのパーソナリティーとして講演活動に勤しんでいた。

そんな彼を「冤罪」が襲った――。

広島銀行大河支店で女性が置き忘れた封筒の中にあった6万6600円を煙石氏が「窃盗」したというのがその容疑だった。

たしかに煙石氏はこの日、広島銀行同支店を訪れてはいた。だが、それはあらかじめ銀行員に連絡をしたうえで、500万円を引き出しにいったためだという。同支店では顔見知りと談笑もしており、封筒から金品を盗むなど、あり得ない話だった。

留置場の中へと連れて行かれると、そこで持ち物を全て取り上げられて、薄暗いひと部屋に入れられ、鉄格子の錠をかけられました。その後は勾留28日間、名前を呼ばれることはなく「13号」と呼ばれました。

部屋は薄暗く、コンクリートの打ちっぱなしの様な壁に囲まれていました。小さな窓がありますが、分厚いすりガラスで外の様子は全く見えない。畳は薄汚れて、ねちゃねちゃしている感じのビニール畳でした。

部屋の奥には、下半身だけ隠れるようになっている半畳ばかりの和式トイレがあり、暗くじめっとした薄気味悪さを感じました。

部屋に一切私物は持ち込めず、毛布一枚と、一巻きのトイレットペーパーだけを渡されました。もちろん腕時計や携帯電話も取り上げられ、外との連絡はできません。

夜9時から朝7時までは、私の日常生活に必要なめがねも取り上げられました。思い浮かぶことや、伝えたい事をメモしておこうにも、机も筆記用具もなく、外界との接触を全て遮断されてしまいました。

Photo by iStock

怒鳴り上げて自白を強要

その夜から、理不尽に逮捕・連行された怒り、それに「孤立した」という不安が加わり、一人どうする事もできない混乱した精神状態で「眠ると殺されるのではないか」という恐怖に震えながら、一睡もできませんでした。

気が動転したまま南署の留置場で過ごした翌日、妻と面会。面会できる時間はわずか15分限り。限られた時間の中で、私が窃盗容疑で逮捕された事をテレビの各局・新聞の各紙が、大きく取り上げたことを聞き……悔しいやら、悲しいやら……。

「人生を失った」と悲嘆に暮れました。何もしていないのに「盗みで逮捕」という報道をされ、家族にどれほど辛い思いをさせ、また、友人・知人はどう思っているだろうか……胸が張り裂けんばかりでした。

広島地検での「弁解申し立て」で、お金を盗っていない事を正直に話したにもかかわらず勾留が言い渡され、南署で取り調べが始まりました。

この事件は銀行を訪れた女性が封筒を記帳台に置き忘れたことが発端だった。女性はその封筒に現金6万6600円が入っていたと主張し、広島県警に窃盗被害を申告した。

その結果、犯人として疑われたのが、同日に同行を訪れていた煙石氏だった。警察は煙石氏が封筒から現金を抜き取って、その後、封筒を記帳台に戻したというストーリーに基づいて取り調べた。

刑事は我が家にやって来たときから、私を犯人と決めつけていました。それは違うと一生懸命主張したが、もう自分たちでストーリーを作り上げていました

取り調べも、取り調べと呼べるようなものではなかった。

 

私が懸命に説明しても、取調官は「それだけ言うたら、ちいたあ(少しは)すっきりしたろう」、「気分が楽になったじゃろ」と人を小馬鹿にしたようなことを言うだけで、それを調書に書いてもくれませんでした。

机を叩きながら、「防犯カメラの映像に全部映っとる!!」、「お前が犯人じゃ!!」の一点張りなんです。昔の刑事ドラマの一場面のように、鬼の形相で怒鳴り上げて、私に自白しろと迫ったんです。その時の様子をいま思い出すだけでも恐ろしく、身が縮み上がる感覚もいまだに消えません。

証拠がなくても有罪

そうかと思うと、
「金を盗ったと認めれば、ここをすぐに出られる。窃盗は大したことではない。初犯だから刑も軽い。人の噂も七十五日、みんなすぐに忘れる。すぐに社会復帰できる」
と自白を誘導したりもしました。

当日の記憶がほとんどない中で、何度も「防犯カメラの映像に映っている」と言われると、変なもので……まさか本当に映っていたらどうしよう……と不安になり、恐ろしくなってくる。妙な心理になっていくのです。

 

後に煙石氏が見た防犯カメラの映像は、煙石氏が封筒から現金を盗んだと主張するには、あまりに不鮮明なものだった。また、現金を盗んだとされる封筒からは煙石氏の指紋は検出されなかった。

だが、検察は刑事の言い分を鵜呑みにして煙石氏を起訴し、広島地裁、広島高裁はともに警察の作ったストーリー通りに煙石氏が窃盗を行ったと「推認」し、懲役1年、執行猶予3年の判決を下したのだった。

はこれまで、司法に携わる皆様は、公明正大で高潔な方たちだろうと思っていましたが、それはとんでもない幻想でした。実際は真実や正義の女神をも欺いている人たちのように感じております。信じられません。

私はこれまで真面目に生きてきた一市民で、今回も何も悪い事はしておらず、普段通りに銀行で用事を済ませただけです。私の心には一点の曇りもなかったのに、私に関わった刑事、副検事、裁判官は、一般常識からかけ離れたというより、無茶苦茶な判断をして涼しい顔をしている。空恐ろしさを覚えています

そもそも、先祖代々住んできた家のすぐそばの、小さな銀行支店のロビーで、数人の町内会のお客さんとたくさんの行員などがこちらを見ている前で、しかも防犯カメラがたくさんある中で、置き忘れられた封筒から6万6600円を抜き取り、犯罪の証拠となる封筒を元の記帳台に戻すなんてことを、私がするはずがない。

合理的にありえません。封筒には私の指紋はついていませんでしたし、防犯ビデオにも盗っている映像は全くなかったんです。

日本は冤罪大国なのか

信じられない濡れ衣を着せられて窃盗犯にされた私は、人権を剥奪され、人生に泥を塗られたばかりでなく、家族も地獄の苦しみを強いられました。さらに、私がお世話になった方々や、知人・友人にまで大変なご迷惑をおかけしてしまいました。

疑われる理由すらない私に対して、こんな事ができるのならば、警察・司法によって、このような冤罪はいくらでも作り出せてしまう。居ても立ってもいられない思いで、憤りと怒りが火山のマグマのようにたまりにたまっています。

煙石氏は'14年12月に広島高裁で控訴が棄却されると即日、最高裁に上告した。

そして、'17年3月10日、煙石氏の言い分を認める形で、最高裁判所は逆転無罪の判決を下したのである。4年5ヵ月にわたる煙石氏の闘争にようやく終止符が打たれた。

マラソンでランナーがゴールテープを切ったと同時に倒れ込むシーンがありますが、私の今の心境はそんなシーンとオーバーラップします。

支援者と私の願いが最高裁に通じて本当に良かった。最高裁では正義と真実に基づいた公正で良識ある判断をいただきました。本当にホッとしています。

逮捕されて以来、この4年5ヵ月は真っ暗闇の中で、私だけでなく家族ともども苦しんできました。定年後の自由で平凡な暮らしが突然奪われ、憤りと混乱、嵐の中の4年5ヵ月でしたが、「無罪を勝ちとる会」の皆様や友人、知人など、お世話になった皆様に心からお礼を言いたいです。

無罪判決が出て、皆さんから「おめでとう」と言っていただきました。しかし、私自身は正直、そんなにめでたいという気持ちにはなれないのです。もともとお金を盗んでいないのに突然、とんでもない火の粉を浴びて、苦しめられ、人生を失ってしまったのですから。失ったものは二度と返ってきません。

むしろ悔しくて切ない思いが、今も胸を満たしています。痛切に感じるのは、信用や信頼というものは長い人生の中で、時間をかけて築くものですが、それを失うのは一瞬だということ。壊れたグラスは元には戻りません。失われた信用と信頼をもう一度少しずつ作り上げていくしかないと覚悟しています。

今回の体験を通じて、日本は冤罪大国になりつつあることも知りました。思想、信条、宗教、政治の垣根を越え、安心して暮らしていける国になるよう、警察や司法は襟を正していかなければなりません。今後、私のように濡れ衣を着せられて苦しむ方が出ないよう、強く願っています。

週刊現代」2017年4月8日号より

 

 

犯人は逃すともの精神「疑わしきは罰せず」「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」

2006-12-17 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴

http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/4ea2efa98d9e0b4010065daa74bc33eb

 

週のはじめに考える
 実施まで三年を切ったというのに、なお、だれが、何のためにの声が聞こえるほど国民の裁判員制度への理解は深まっていません。国民の司法参加の大義は-。 来年一月二十日から一般公開される周防正行監督・脚本の映画「それでもボクはやってない」に感心しました。
 通算八年余の司法記者生活の経験がありますが、ズブの素人がその間に知り、考えさせられた日本の刑事裁判への疑問が二時間二十三分のドラマに凝縮されていたからです。
 映画は通勤電車内の痴漢で被害者の女子中学生に現行犯逮捕されてしまった青年の物語。周防監督は取材に三年かけたそうですが、映画でも現実でもしばしば、容疑を全面否認するところから悲劇は始まります。
無辜を罰していないか
 警察や検察の取り調べで無実の主張に耳は傾けられず、犯行を自供するまで、証拠隠滅や逃亡の恐れを理由に身柄を拘束されてしまいます。
 警視庁管内でことし六月、友人たちの奔走でアリバイが証明されるまで十カ月も勾留(こうりゅう)されるひき逃げ冤罪(えんざい)事件が発覚しました。そんな悪名高い「人質司法」は珍しくなく、捜査機関に釈明の余地はありません。
 日本の刑事裁判は「調書裁判」「検察司法」とも評されます。法廷より捜査段階での自白調書が決定的証拠とされ、裁判は検察の主張を追認するだけのシステムとの批判です。
 検察立証に1%でも合理的疑いが生じれば無罪のはずですが、有罪率99%、日本の数字は異様です。
 「疑わしきは罰せず」や「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜(むこ)を罰するなかれ」の刑事裁判の原則がなぜ適用されないのか。映画のテーマですが、さらに深刻な問題提起が周防監督のコメントの中にあります。「(裁判は)今現実に日本に生きている多くの人たちの気持ちの反映かもしれません」「『疑わしきは捕まえといて』の方が本音に近いのかもしれません」-。
 同じ裁判映画として名高いヘンリー・フォンダ主演の「十二人の怒れる男」が「犯罪者を釈放しようとしているかもしれないが、有罪を確信できない場合は無罪だ」と米・陪審制度の精神を語って感動を誘うのとは対照的です。
市民が刑事裁判を変える
 刑事裁判への裁判員制度導入は、職業裁判官に独占されている事実認定や有罪・無罪の判断、刑の宣告に市民が加わる点で画期的です。
 職業裁判官三人、市民裁判員六人構成で、痴漢ではなく、殺人や強盗など重大事件を審理します。普通の市民に理解してもらうために検察側も弁護側も、難解な専門用語は避け分かりやすい言葉で、迅速で的確な立証が必要です。
 全員一致の陪審制度と違って裁判員制度は多数決。市民の参加で刑事裁判が大きく変わるとの期待の半面で「職業裁判官主導で市民裁判員が追認するだけにならないか」「実体的真実究明の場から遠くなる」の危惧(きぐ)も出ています。
 一人の無辜を罰しないために真犯人を逃してしまうことに耐えられるかどうか-。厳格を求める日本人の秩序感覚を変えられるかどうかが最大のカギといえそうです。
 裁判員制度の難問は、国民が司法参加の意義を認めながら、裁判への参加を望んでいないことです。内閣府最高裁の調査で60-70%の人が参加を躊躇(ちゅうちょ)し、それも「有罪・無罪の判断が難しそう」「人を裁きたくない」の軽くない理由です。
 刑事裁判取材で最も衝撃的で、今なお内部で折り合いがつかない事件があります。永山則夫元被告の四人連続射殺事件で一九八一年の東京高裁の控訴審判決でした。
 「被告人に贖罪(しょくざい)の道を歩ませるべきだ」。一審の死刑判決を破棄、無期懲役減軽した判決に、永山被告自身が、一瞬、戸惑ったようにみえました。
 死刑制度の否定ではない。犯行時十九歳、悲惨な成育歴、獄中結婚、印税での遺族への弁償、情状をくむ判決文には被告を救いだすための苦心が歴然としていました。世論の反発を恐れて、弁護士の一人が「報道を止めることはできないか」と訴えたことも覚えています。
永遠に分からぬことが-
 永山元被告の無期は最高裁で破棄され、九〇年五月の死刑確定、九七年八月の刑執行となっていきますが、生かす選択は本当になかったのか。今もわかりません。いや永遠になのかも。裁きは神の領域と思えることがあるのです。
 裁判員は選挙人名簿から抽選で選ばれ、生涯を通じると十三人に一人が裁判員になるとの試算もあるそうですから人ごとではありません。
 裁判員制度の狙いは司法や社会への市民の積極参加と社会構成員としての自覚。「統治の客体」から「統治の主体」への国民の意識変革が究極の目的ともされます。
 そうであるなら、義務より権利。裁判員制度は、国民の理解はもちろん、進んで参加してもらえる緩やかな制度にすべきです。(中日新聞 社説 2006年12月17日)